※伊吹山は月の力を借りなくても、そのままの姿で十分に美しい。芭蕉は、奥の細道の旅を、この地で終えた。
ご縁あって、米原(まいはら)を通るたびに、
一際優美な姿をした山を眺める機会があった。
頂上付近は丸っとしていて、
ある程度の標高までは車で行けると聞いていたので、
登りやすい山だろうと思っていた。
いつか登ってみたいと思いを募らせていた所、
先日それが現実のものとなった。
山に行きたい、というリクエストを受けて、
どの山に行こうか思いを巡らせていると、
経験が浅くても登れそうな山ということで、
伊吹山を選出。
調べてみると、登り20分あるいは40分の2コースがあり、帰りは、1時間のコースもある。
実は麓から登るコースもあり、それだと登り4時間、下り3時間。
標高1377mということを考慮しても、
麓から登るのもあり。
麓から登るとすれば、
米原駅から登山口まで、登山バスで35分というのも出ている。
しかし、登山靴も持っていないメンバーがいたので、
ここは無理せず、
スカイテラス伊吹山まで車で移動して、往復2時間もかからないコースを選択。
金沢を出発して、2時間ちょっとで麓まで来て、
そこから、伊吹山ドライブウェイにのり、
くねくねした道を30分くらい行ったところにあるスカイテラスへ向かう。
その手前のところで、
大きな望遠鏡を構えたカメラマンたちが、
同じ方向を向いて、固唾を飲んでいる。
なんだか異様な緊張感が漂い、気になったが、
山の景色でも撮っているのかと想像して、とりあえずは、山頂を目指す。
花の季節は、もう少し先になるが、
それでも、白や黄色、薄紫色のお花たちや、
新緑の葉っぱに囲まれて、
自然に癒され、気分が上がる。
仲間と他愛もない話をしながら行くと、
あっという間に頂上に到着。
360度パノラマの景色で、遮るものがないから、
その日は風も強かった。
気を抜くと、帽子とかいろんなものが飛ばされる。
いい景色を見渡せるベンチを見つけて、
そこに陣取り、
コンロでお湯を沸かして、お茶をする。
少し霞んでいたが、琵琶湖も見える。
前日は、付近は大雨で停電や浸水もあった影響か、土曜日なのに人は少ない。
スカイテラスから頂上までの20分の最短コースは、階段状に整備されており、
そのため中には、ワンピース姿の女性もいて、一同驚く。
お腹が空いて来たので、お昼前には下山。
きれいな空気を吸い、パノラマの景色と緑の中を歩きながら、自然を満喫。
あっという間に、スカイテラスまで下山。
ご褒美に、薬草ソフトをみんなで食べる。
それではお腹は満たされず、
そばの発祥地で蕎麦を食べるぞ!
と意気込んで、車に乗り込む。
しばらく行くと、
例のカメラマンたちが、さらに人数を増やして、
カメラを構えて、何かの瞬間を待っている。
カメラの方向は、先ほどと違う。
お腹が空いて、勇んで走らせていた車を、とうとう停めて、聞いてみる。
「イヌワシがいる」
イヌワシとは、石川県の県鳥だ。
でも、ここは滋賀県。
県鳥ではあるけれど、今までに見た記憶はない。
さらに車を走らせたその先に、適度な間合いを取った10人近くのカメラマン達がいた。
どこにそのイヌワシはいるのか、見てみたいと思った。
車を駐車して、カメラマン達がいるところに駆け寄る。
みんな一瞬のタイミングも逃さないように、ファインダーをじっと覗いている。
そこに分け入って、遠慮がちに聞いてみる。
三脚を出して、急いで準備し始めた中年のカメラマンが、早口で教えてくれた。
「あそこの四角い岩のところにいるよ。肉眼じゃあ見えないな」
四角い岩、と言っても、どこの岩かさっぱりわからない。
探すうちに、どれも四角い岩に見えてくる。
途方に暮れていると、奥のほうでカメラを構えていた別の中年の男性が、
「これを使うといいよ」と言って、双眼鏡を貸してくれる。
しかし、双眼鏡は覗くとすでに拡大されているから、
場所がはっきりわからないうちは、使いようがない。
「これを見るといいよ」と、今度はファインダーを見せてくれる。
ファインダーから目を離したすきに、大事な瞬間を逃すリスクがあるのに、
その人は、始終穏やかに親切に教えてくれた。
あそこにいる!
やっとわかって、双眼鏡でその姿を確認。
つがいだった。
仲良く、四角い岩の横で羽を休めていた。
このつがいの巣は、反対側の山の斜面にあるのだと言う。
イヌワシの行動範囲を熟知しているようだった。
羽を広げると2mにもおよび、
この時期は、シカの出産シーズンで、子ジカも襲うことがあるという。
一つ一つの話に感心しながら、初めて聞くイヌワシの生態に相槌をうつ。
残念ながら、飛び立つ瞬間を見ることはできなかったが、
私たちは十分満足して、
イヌワシのことを教えてくれたことに感謝して、その場を足早に離れる。
イヌワシが県鳥と言うなら、石川県にもいるはず。
次に白山に登るときには、空を見ながら歩くとしよう。
そんなことを半分考えながら、蕎麦屋へと急いだ。