最古の帝王学と言われる貴重な教えを学び、自分のことを正しく理解し、
自分のあり方について、自分で修正できるようになってから、
人間関係はすこぶる安定感が増してきていた。
しかし、最近なんとなく最後のもう一歩、しっくりこない感じがあり
それは、人間関係というものである限り、相手がいることが前提だから、
仕方がないのかもしれないと思っていた。
先日、この件について瞑想をしていたら、ある言葉が浮かんできた。
『リスペクト』
日本語に訳すと、「尊敬」とも言われるが、少し意味合いが違うようだった。
尊敬というのは、相手の才能や経験、人格などに対して、
相手を自分より持ち上げて敬う気持ちを表すが、
リスペクトは、相手と対等な立場で、相手のことを認めて、敬意を示すこと、だという。
欠けていたのは、これだと思った。
どちらが優位に立つというのでもなく、お互いに敬意を示し合うということ。
目からうろこが落ちたように、久々にすっきりした気分になった!
相手がどうであろうと、自分のスタンスとして、これは実行可能なのは明らかだった。
どこかで、なめられてはいけない、と自分がまだ気負っていたのに気づいた。
競争という力関係の中に、翻弄されていた。
人は、年齢や立場等の違いはあるかもしれないけど、お互いを讃え合うべき存在である。
対等で、リスペクトがある関係だからこそ、
そこに、感謝の気持ちが生れるし、謝罪もできるのだろう。
そして、世界が平和になった暁には、リスペクトがどこでも見られるに違いない。