いろんなことが片付いて、ちょっと気分転換。
久しぶりに、友人とドライブへ。
山に登りたかったのに、なかなか時間が取れず、せめて紅葉だけでも…
途中の山の紅葉がとても綺麗で!
古今和歌集は、有名ですが、
歌道というものがあるということを初めて知りました。
短歌やかな文字は好きなので、
そういう世界にどっぷりつかれた平安時代を生きるのも面白かっただろうなと思いつつ。
最後は、モネの池を見て、水の綺麗さに感嘆しつつ、帰宅の途につきました。
先週、知り合いの紹介で、ピアノコンサートに行ってきました。
ピアノコンサートは、おそらく初めて。
金沢駅近くのポルテ金沢6階にある金沢市アートホールという300席ほどの会場でした。
ほぼ直観で行きたい!と即決だったので、
会場についてから、リーフレットをじっくり見たのでした。
ハイドンとか、シューベルト、メンデルスゾーン、ヘンデル、など。
名前は知っているけど、それらの方々の曲名は出てこない・・・
立て続けに演奏されたら、そのうち眠くなってしまいそうな心配は、
最初だけで、段々楽しくなっていきました。
ピアノ奏者は、台湾出身のサンドラ・ライト・シェンさん。
曲を紹介するたびに、作曲家の生き方や、曲の背景、作曲の仕方などの
独自で調べたことも披露してくださったので、
初めて聞いた曲でも楽しく聞くことができました。
特に印象に残ったのは、ヨハネス・ブラームスの言葉。
「作曲をするとき、私は心静かに我が創り主に三つのことを尋ねる。
私は、どこから来たのか、なぜ今ここにいるのか、これからどこに行くのか。
直ちに神の霊が一筋の光のように、私の心に流れ込む。
これこそが、私のインスピレーションの源である」
鳥肌が立って、何度も心の中で繰り返しました。
この言葉は、形而上学を学ぶ私にとって、非常になじみ深いものだったからです。
自分自身に問いかける、最も深遠な言葉。
形而上学では、一生をかけて、常に問いかけ、その答えを自分で見い出していきます。
そうすることで、真に自分自身を知る、と言われます。
もしかしたら、ブラームスも、形而上学を学んでいたのかもしれない・・・
そう思ったら、途端にブラームスのファンになってしまいました(*^-^*)
とても新鮮で、大発見のコンサートでした!
音楽の巨匠たちも学んだ形而上学 その入門 アデプトプログラム
1階9列24番。
目の前10mちょっと先には、玉置さんが歌っている!!
今回は、くじ運がよかったのか、ほぼ中央、前の方。
こんないい席は、もうないと思って、しっかりと見守らせていただきました(*^-^*)
激しい雨が降る中、たくさんの人でにぎわいました。
周辺の道路は渋滞で、パーキングも遠くに停めなければなりませんでした。
前半は、新しめの幸せな想いを綴った曲で静かに聞き入り、
後半からは、定番の誰でも知っている曲で、一気に盛り上がっていく。
最近は、シンフォニックコンサートなど、
クラシックの演奏で歌うこともあり、
今回は、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、ピアノなども
演奏に加わっていました。
アンコールなどで、ひとしきり歌った後も、歓声が続き、
奏者が引き上げた後も玉置さんが残って、
場内をくまなく見回し、時々うなづきながら、
やがて、ギター片手に弾き語りを始めました。
〝もっと、勝手に、恋したり・・・″
この歌は、高校2年くらいの時に、お昼の校内放送で初めて聞いた曲。。。
今回は、「メロディー」はもちろん「田園」や「ワインレッドの心」でも
涙腺崩壊してしまった。
なぜだか、ハートに深く入ってきたんですよね・・・
また、一年後を楽しみに待ちます!
玉置さん、ありがとう!
元気をもらいました!
感性高まる アデプトプログラム
それまで気にも留めなかったものが、急に気になりだす、というは時々あると思う。
以前の職場で、夏になると、
大きなボウルに黄金色の糸状の茹でたかぼちゃに、
お酢などで味付けしたのを頂いて、食べていました。
この味付けが絶妙で。
かぼちゃの食べる部分が、茹でるとそうめん状にほぐれるのです。
味は淡泊なので、どんなふうにでも味付けできます。
マヨネーズや、三杯酢、ドレッシングなど、いろいろ好みはあるようですが、
いくつか試した結果、
私は、めんつゆ1:お酢1が気に入っています。
金沢のスーパーでは、たまに見かける程度、
先日、京都まで車で行った帰りに寄った滋賀の道の駅で、
沢山あったので、つい購入し、
また、最近、実家に帰って、近くの地場産野菜を取り扱っているお店に行ったら
食べたくなって再度購入。
止まらなくなって、そのあとは、近所の地場産野菜を売っているところまで
わざわざ出向いて、購入に至りました。
今年は、トウモロコシも茹でないで、皮ごと電子レンジでチンして食べるという
ことを覚えてしまい、
このかぼちゃも、例のごとく、数分チンして、あとは流水につけてほぐすという
ちょっとした時短おかずになっています。
このそうめん南瓜のことを金糸瓜(きんしうり)とも言います。
少々調べると、
実は、なんと地元の中能登町の特産野菜ではないですか!
親戚の家などでは、お祭りなどで食べたことがあるかもしれませんが、
実家では、ほぼ食卓に上がったことはなかったので、
印象が薄かったんですね。
ちょっと、こんなにおいしい野菜が地元の特産とは、鼻が高くなりそうです(*^-^*)
北陸付近だけでなく、全国に出回っているそうなので、
もし見かけたら、一度ご賞味してみては。
7月から収穫できるようですが、保存がきくので、結構長い期間手に入りそうです。
料理はマジック アデプトプログラム
少し前、こんな質問を受けることがあった。
「そんなん、自分で決めることだと思うけど」と心の中に浮かんだが、
少し時間をとってお話した。
しかし、どうも話が噛み合わず、
平行線のままで終わってしまった。
今は、そんなことはないが、中学生のころ、私もそんな質問をしそうな傾向があった。
それは結局、未来に対する補償が欲しかったのだと思う。
必ずこうなるというのが分かれば、安心できるし、
どうなるかわからない人生は、不安でたまらなかったのだろう。
おそらく、前出の方も、中学生の私も、現実に苦しんでいて、
わずかな希望の光を渇望していたのだと思う。
そして、失敗したら恥ずかしい、という世間体とかも。
今から考えると、無駄なことに時間をかけて悩んでいたなと思う。
人間には、もちろん変えられない宿命もあるけれども、
自由意志があって、選択の自由があるのだから、
自分がやりたいことをやればいい。
義務ではなく、権利としての自分の喜び、幸せ、という基準で。
そして、そこには、因果応報という宇宙の法則があって、
善き行いをすれば、いいことが返ってくるし、
悪いことをすれば、悪いことが返ってくる。
だから、やりたいことの根底には、それが善き行いであるという前提がある。
何がいいことか、何が悪いことかは、長くなるので説明は割愛するが、
詳しく知りたいようなら、形而上学を学ぶといい。
今の私なら、こんな質問をするだろう。
「自分には、どんな仕事が向いていますか?」
「〇〇をしたいと思っているけど、仕事として成り立たせるために、
アドバイスが欲しい」
自分と向き合い、自分の中から出てくる声に耳を傾ける。
答えは、自分の外側にはない。
そして、私の反省として、あの質問をした方への返答として。
「今まで知らなかったかもしれないけど、自分の好きな仕事をしていいんですよ。
食事や睡眠を忘れるくらいに、純粋に自分がやりたいなと思うことを、
自由に選んですることができるんですよ。
自分の好きなことだったら、楽しんで、一所懸命やれますよね。
そうやってやるんだったら、そのことに関して誰にも負けないくらいに腕も磨かれるし
そのうちお金もついてきます。」
好きなことをやっているときは、自分は幸せを感じますよね。
自分が幸せだと、周りにもその幸せが伝わったり、
人に対しても思いやりを持って接することができると思います。
しかし、反対にやりたくないことをしていたとしたら、
不平不満が出やすくなって、ストレスがたまって、
その解消のために、イライラを人にぶつけてしまうことになりがちです。
なので、自分が本当にやりたいことをするということは、
自分の内側を平和にし、自分の周りも平和になるということに繋がります。
私たちは、地球に来るときに一人一人目的を持ってやってきています。
それが、今自分のやりたいことと、リンクすればするほど、
自分の内側は平和になります。
自分の幸せは、世界平和と繋がっています。
善とは何かを知る始まり 形而上学入門セミナー アデプトプログラム
転機はいろいろあれど、
最初の転機は、20歳前後だったでしょうか。
そのころ、どうやったら人生を変えられるのか必死で考えていて、
人が転機を迎えた話を、何かの本を読んで見つけたところから始まります。
ほんの1、2行だったと思います。
そこからヒントを得て、また別の本を探しました。
そして見つけて、得た教訓は、
「自分の人生に起きたことは、自分で責任を持つ」
「人のせいにはしない」
ということでした。
それを知った時、それまでのやり方と全く違っていたので、
正直しんどいやり方になりそうだな、と思いました。
でも、変わりたかったので、やるだけやってみようと、やり始めました。
結果、正解でした。
何か起こるたび、考え方や行動も変えていかざる負えないので、
最初は慣れるのに苦労したような記憶があります。
いろいろと大変な時期もありましたが、
逆に、こうやって視点を変えていたからこそ、乗り越えることができたと考えます。
社会やなにか自分以外のものや人に依存する人生は、
楽かもしれないけれど、不平不満ばかりで、
そこには、自分を芯から満たすものはありませんでした。
自分と向き合うようになると、
必死で自分が幸せになるには、どうしたらいいか考えるようになるし、
自分という輪郭がはっきりしてきて、
自発的に行動することができるようになってきます。
この行動というのは、日常の生活行動というより、
自分の自己実現に向けての行動です。
日本人は、素直で真面目な方が多く、
うっかりすると、目先の事ばかりに一生懸命になりすぎているのではないかと時々感じます。
それで人生を終わっても、後悔しないような生き方をしていますか?
一度きりの人生を、本当はもっと何か大事なことに取り組みたいと感じているのではないでしょうか?
自分が満たされていますか?
自分を幸せにするのは、自分です。
そしてそれは、自分の権利なのです。
自分の本質に目覚める アデプト・プログラム
先日、今まで味わったことがないような、
芳醇でまろやかなお紅茶をごちそうになった。
ミルクを入れて、デーツと一緒に味わった。
そのおいしさにびっくりして、
お紅茶を淹れてくれた方に、どこの紅茶か伺った。
それは、フランスで有名なお紅茶だった。
初めて聞いた名前だったのと、あまりのおいしさに、
しっかりと名前を脳細胞に刻んだのだった。
紅茶は以前からよく飲んでいて、
インドのピュアな紅茶がお気に入りだった。
そのうち、イングランドに行ったときに、
個性的なラプサンス―チョンにハマり、
最近では、幼いころの香りの記憶に残っていた
セイロンティーをよく飲んでいた。
また、日本のお茶の葉で作られた和紅茶も、とても独特の深い味わいで
高速道路のサービスエリアで見かけると手に入れて、よく飲んでいた。
しかし、その先日のものは、今まで飲んだことがない、嗅いだことがない
衝撃的なお紅茶だった!!
これは、何とかもう一度味わいたい。
紅茶と言えば、イギリスが本場だと思っていたのに、
フランスにもこんなお紅茶があったなんて!!
お紅茶の世界は、まだまだ広く、深いですね。