Gorah's Wings

True Self True Life  今目覚めの時

言葉の両刃

f:id:whitemountain:20210507003340j:plain

 

10代の頃、いじめのような状況に陥ったことがあった。

 

ことの発端は、

 

とってもお人好し過ぎて、一部の人から馬鹿にされていた人を不憫に思って、

 

仲良くするようになってからだったと思う。

 

ある意味とばっちりである。

 

見て見ぬふりをして、何もしなければ、そんなことにはならなかったのだろうから。

 

でも、放ってはおけなかった。

 

悪いことをしていない人が、一方的に攻撃の的になるのは違うと思ったから。

 

攻撃の的が私になってから、苦悩は始まった。

 

3年くらいは続いたのではないだろうか。

 

一部の人から、攻撃されるようになると、

 

他の人からも同じように思われているような気がしてきて、

 

殻に閉じこもった。

 

教室では、人とめったに話をすることはなくなった。

 

あのころが一番孤独だったかもしれない。

 

両親と相談するような関係ではなかったし、

 

ましてや、先生に相談するようなオープンな性格ではなかった。

 

でも、たった一人だけ、私を理解してくれる人が現れた。

 

その人は、いつも一緒にいてくれた。

 

その人がいたから、あの時期を耐え忍ぶことができたのだと思う。

 

いじめは、悪だ。

 

人を追い詰める。

 

最悪の状況は、見ての通り、世の中に起こっている。

 

どうして、そんなことが起こるのだろうか?

 

ストレスのはけ口だったのだろうか?

 

人を否定して、自分を肯定したかったのだろうか?

 

子供の世界だけにあるわけでなく、大人の社会にもそれはある。

 

肉体に対する暴力は、もってのほかなのは周知の事実だが、

 

言葉での暴力も実は同じだ。

 

どちらも人に危害を与えるということで、同じエネルギーだから。

 

 

 

誰もが価値のある存在と理解することができる アデプトプログラム

white-mountain.info

 

 

 

 

 

看護は科学とアート

f:id:whitemountain:20210415001056j:plain

 

看護師歴33年。

 

いつの間にか、そんなに経っていたのだと変な気持ちになる。

 

駆け出しのころは、看護師歴10年の先輩に対してでも、

 

尊敬の念を持っていたが、

 

33年となれば、もはや化石に値する希少な存在だと、あの頃の自分なら感じると思う。

 

それくらい、長い看護師としての経験は、本当にいろんな経験を積んで、

 

その人の中で、こんな場合にはこうするといったような、

 

その人originalの法則が存在すると思う。

 

実際の自分はと言うと、そこまではいかないにしても、

 

ある程度の知識なり、経験なりの蓄積があり、周囲から頼りにされることは多い。

 

そんな私には、看護学生の時に、とても素晴らしい先生たちとの出会いがあり、

 

本当に恵まれていたと思う。

 

その中の一人の先生は、今は東大で教授をしていて、何冊も本を執筆し、

 

他の先生方も、県内の大学で今でも教鞭をとっている人は多く、

 

県内の看護師養成に深い貢献をされていると思う。

 

その中でも、一番に尊敬していた先生がいた。

 

その先生は、私から見て、

 

どんな患者さんとでも心を開いて、患者さんの心の問題を解決する

 

誰とも比較できないくらい抜きんでたコミュニケ―ション能力が高い方だった。

 

その先生が、大学で教授として教えるようになり、

 

ゼミで、学生から、その先生のコミュニケーション能力について、

 

一般化する研究をしていると聞いたことがあった。

 

その時は、そんなことができたら、

 

多くの人にコミュニケーションに有効なスキルを提供できる画期的なことだと思った。

 

そういえば、学生の頃から、聴いていたことがあった。

 

今では、某ミステリースクールで頻回に聞く言葉であるが、「看護とは、科学とアート」。

 

東大に行った先生がこの言葉を繰り返す姿が、思い出される・・・

 

今なら、この言葉をよく理解できる。

 

コミュニケーション能力の高かったあの先生の研究は、どうなったのだろうか。

 

看護師は、患者さんとコミュニケーションをとるときは、

 

その時々で、状況に応じて、その人それぞれで、いろんなことを考えて接する。

 

そこで、どんなことが患者さんに向かって表現され、患者さんとやり取りするのかは、

 

本当に千差万別だと思う。

 

看護のアートの一部分がこんなところに出るのだと思う。

 

言わば、あの先生のコミュニケーションは、あの先生独自のアート。

 

おそらく一般化は相当難しかったのではなかろうか。

 

できたとしても、ほんの一部に過ぎなかったのではないかと想像する。

 

アートは、その人が持つ、その人だけが持つセンスであり、

 

その人を表現する美。

 

コミュニケーション技術を真似をすれば、誰でも先生のように患者さんの心を開くことはできるものではないと思う。

 

先生のコミュニケーションは、先生のそれまでの人生と、内面的な美しさと、

 

患者さんへの思いやりと、、、いろんなものが土台になって、表現されるものだから。

 

少しは、参考になる部分はあると思うが、

 

アートは、その人自身が紡ぎだす美だから、独自でその能力を磨くしかないのだと思う。

 

コピーしても無駄。

 

自分に向き合い、自分を正し、相手を思う気持ち。

 

そういう自分が、患者さんに向き合ったときに、表現される。

 

日々鍛錬ですね。

 

 

患者さんと向き合う時、看護理論を使いますが、

 

私は、マーガレット・ニューマンの理論が好きですね。

 

患者さんに寄り添い、気づき、変容を生み出す、というもの。

 

自分がもともとしていて、それに合致した理論というところでしょうか。

 

自分の美を表現すること、アート。

 

経験の長さは、アートとしての独自性が強く出てくるのかもしれません。

 

そういう目で看護師を見ると、また楽しいですね。

 

看護師のみなさん、個性を伸ばして、ユニークな看護師になってください(^^)

 

 

white-mountain.info

 

先生の万年筆

f:id:whitemountain:20210216185012j:image

 

先日、万年筆を購入した。

 

パソコンで、大かたメールでやり取りする今の世の中で、

 

逆行しているのかもしれないけれど、

 

美しい形状や色と、使っている人のコラムを読んでいるうちに、

 

万年筆らしい万年筆で字を書いてみたいと思ったのだった。

 

万年筆を初めて見たのは、

 

小学生の頃、週に一回通っていた、書道教室だった。

 

先生が、硬筆を習っている生徒に、朱色のインクを入れた万年筆で修正を施していた場面だった。

 

見たこともないペンで、遠くからまじまじとよく見つめたものだった。

 

ある時、もうインクがない!と言って、

 

別室にしばらく籠って、5分くらいだったろうか。

 

やっと帰ってきたときには、先生がホッとした表情をしていたのを覚えている。

 

今思えば、

 

それが万年筆で、多分ペン先は太字くらい、

 

そして、インク吸入器コンバーターか尾栓回転吸入式万年筆だったのだろうと推察する。

 

赤いインクが、ペン先からほとばしるように出て、

 

そこから先生の指の運びで、きれいな字や〇が現れるのが、

 

好奇心旺盛な私を、釘付けにした。

 

あれから何十年。

 

あの先生は、きっと粋でおしゃれだったのだろうと思う。

 

今まで、万年筆を購入したことがなかったわけではない。

 

低価格なものから、超高級なものまであるが、

 

万年筆のことをよく知らないうちは、高級なものを買う資格はないと思い、

 

カジュアルなものを数本手にしたことはある。

 

今も使っているのは、雑誌の付録についていたものと、

 

雑貨屋さんで購入した1500円程度の外国産のものだ。

 

この2本を使っているうちに、万年筆の良さや取り扱い方法が分かるようになり、

 

これでカジュアルでない、万年筆らしい万年筆を1本くらい手元に置いておいてもいいのではないかと思うようになった。

 

いろいろネットで調べて、1本に絞るのに、1年以上かかった(^^;)

 

 

こだわったのは、

 

・ペン先が金

 

・コンバータ式

 

・日本製

 

・外観

 

ペン先は、素材で書き味が変わるらしく、柔らかい金はどんな書き味なのだろうかと興味がそそられた。

 

コンバーター式は、書道教室の先生の影響。

 

日本製のものは、日本の文字を想定して作られているので、書きやすいのではないかと思った。

 

最初の一本は、錨マーク(アンカー)のあのメーカー。

 

外観は、形状の美しさ、色、で自分の好みで決めた。

 

ついでにインクも購入したのだが、

 

ボトルインクが100種類も出ているのだとか!

 

色選びの楽しみもあり。

 

本日、その万年筆が届いた。

 

早速手に取り、まじまじ、ニヤニヤしながら見る。

 

肝心の書き味は、、、なんとなくすらすら書ける感じ。

 

これから、いろんな場面で使っていけるといいなと思う。

 

誰かから手紙が来た際は、お返事はこの万年筆で早速書かせていただきたいと思う。

 

 

 

 

white-mountain.info

宇宙の法則の中で生きる

f:id:whitemountain:20210126002513j:plain

 

今、一度空を見てみてください。

 

何かしているのだったら、手を止めて一度見てみて下さい。

 

宇宙が見えましたか?

 

宇宙を感じましたか?

 

何か聞こえましたか?

 

何が見えましたか?

 

私たちは、どのくらい宇宙とつながっているのでしょうか?

 

一日のうち、どのくらい宇宙を意識するでしょうか?

 

宇宙を意識した時、どのくらい宇宙とのつながりを感じることができるのでしょうか?

 

私たちは、ある日突然、前触れもなく、地球に現れたのではなく、

 

綿密な計画をして、宇宙からやってきたのだとしたら、

 

その計画は、順調に実行されているのでしょうか?

 

私たちは、ほとんどの場合、生まれる前のことはすっかり忘れてしまっています。

 

生まれてからは、この人間社会の中にずっといますから、

 

この社会での生活が当たり前になっています。

 

何の不信感も持っていないと思います。

 

でも、ちょっと待ってください。

 

本当に、このまま流されて生きていって大丈夫?

 

普通に学校へ行って(学校は行くものだから)、

 

普通に生活のために働いて(お金稼がないと生きていけないから)、

 

普通に結婚して(大人になったら結婚するのが当たり前)、

 

普通に子供を育てて、

 

普通にいつかは死を迎える。

 

 

もしも、の話なのですが、

 

もしかしたら、塀の中刑務所の中のような所で生まれたとして、

 

ずっとその塀の中で育って、そのまま塀の中で死を迎える・・・

 

というようなことがあったとしたら、どうしますか?

 

最初から塀の中の生活が当たり前なので、

 

それが変だとは思わず、

 

本当は、塀の外の世界があるのに、

 

塀の外には、別の自由な世界があるような気がしているけれど、

 

誰も外に出たということを聞いたことがないし、

 

周りの人も塀から出ようとする人がいないし、

 

塀の外は、知らない世界だから、ちょっと怖いし、

 

誰かも、塀の外は危険だからやめておいたほうがいいと言うし、

 

塀の中は、いろんな納得できない規則や制限があるけど、

 

とりあえずみんなと一緒だし、

 

このまま塀の中で、一生を終えるのが、何がともあれ、安心だよね。。。

 

なんて考えたこの人は、実は塀の外から来た、

 

王家の血筋を引く、世が世なら王、女王となる人だったとしたら、どうしましょうか。

 

何かの理由で、生まれてすぐに塀の外から刑務所へ連れてこられて、

 

それで、刑務所で生まれ育つことになったのだとしたら、どうしましょうか。

 

塀の中刑務所の中は、よくできていて、

 

刑務所がどんなところであるとか、

 

刑務所ではこういうことをするのが、

 

立派な一人前の人間であると教育されて、

 

そして、ある程度大きくなったら、

 

いくつかの決められた仕事の中から好きな仕事を選んで、

 

そこで働いて得た賃金の一部は、刑務所の運営費に充てられます。

 

たとえ、王、女王の血筋をひいてはいても、

 

環境や教育はその人をそれらの色に染めてしまって、

 

王、女王としての人生を微塵も送ることはないでしょう。

 

でも、その人に誰かが、「あなたは本当は王家の血を引く人です」

 

と真実を教えてあげる人がいたとしたらどうでしょうか?

 

聞いたその人は、「えっ?」と最初は疑うかもしれない。

 

でも、だんだんその人の思考というか、細胞レベルのDNAというか、

 

なにかその人の核になる部分が呼び覚まされていって、

 

やがて、「自分は本当に王家の血を引くのかもしれない」と思うようになるかもしれない。

 

そして、だんだん自分が塀の外からやってきたということが真実味を帯びてきて、

 

塀の外の世界に興味を持つようになる。

 

そして、ある日とうとう塀の外へと脱出を試みるのであった・・・

 

 

 

はてさて、塀の外はどんな世界が広がっていたのでしょうか?

 

塀の中にいた時とは考えられないくらい自由で、王、女王として生きることが可能な世界です。

 

 

さっき見た宇宙と、どのくらいつながりを感じることができたでしょうか?

 

宇宙は見えていても、おそらく自分とのつながりは希薄ではなかったでしょうか?

 

つい最近まで、私は、大きなガラスボールをさかさまにひっくり返して、

 

人間社会と宇宙の境界線を塞がれているように感じていました。

 

だから、宇宙は見えていても、宇宙を感じられない。

 

自分たちは宇宙から来たのに、その宇宙が身近に感じられない。

 

とても不思議で歯がゆい感覚でした。

 

塀の中は、安心かもしれませんが、それ以上のことはありません。

 

塀の中にいては、自分が本当は誰なのかも知らないまま一生を終えることになるかもしれません。

 

誰かのささやきで、

 

自分がもしかしたら高貴な血を引く人間かもしれないと思うようになるかもしれませんが、

 

塀の中にいては、規則や制限に足を取られて、

 

王、女王としての人生は送れないのです。

 

塀の外の世界は、知らないし怖いと思い込んでいるかもしれませんけど、

 

元いた世界ですから、怖くありません。

 

宇宙には、宇宙の法則があります。

 

そこには、王、女王として生きる選択しかありません。

 

そして、この人間社会は、人間が作りだした規則や常識があります。

 

そして、多くの場合、お金や社会的地位や名誉に関心が高く、

 

多くの人はそこに価値を見出しているのではないでしょうか?

 

それが悪いというわけではないのですけど、

 

それらが結果としてではなく、目的となることに注意したいと思います。

 

 

もしあなたが、今、こういった社会で生きることに苦痛を感じているとしたら、

 

それはもう、自分が王、女王として生きることを切望しているサインなのかもしれません。

 

 

 

王、女王として生きる始まり アデプトプログラム

white-mountain.info

 

 

 

 

 

ベジ餃子

友人が作ってくれた餃子が、あまりに美味しくて、

 

私も作ったのが野菜だけで作った餃子。

 

普通餃子と言えば、お肉やエビなどが入っているのが定番ですが、

 

この野菜だけで作った餃子が意外といけるのです。

 

f:id:whitemountain:20210119005719j:image

 

こんな感じで、メインは、キャベツとニラとしいたけ、

 

あとは、ニンニク、生姜、調味料が少し。

 

ポン酢とラー油を付けて食べます(^^)

 

具を作りすぎたら、皮にとりあえず詰めて、冷凍庫へ。

 

食べたくなったら、今度は餃子スープにするのも結構いけます(^^)

 

スープの出汁は、シャンタンとか塩胡椒にしています。

 

餃子は、きっと今まで、生姜とニンニクで食べていたのかと思うくらい、

 

お肉が入っていなくても美味しく食べることができます。

 

物足りなければ、チーズをプラスして入れるとまた味が変わって美味しいです。

 

f:id:whitemountain:20210119010517j:image

 

甥っ子と姪っ子が、よく作るのを手伝ってくれて、

 

自分たちが作ったものだと、余計に食欲が増して食べるようです。

 

中身の具は、いつも同じなのですが、

 

飽きもせず、しばらくしたらいつも食べたくなって作っています(^^)

 

 

料理もマジック アデプトプログラム

white-mountain.info

 

あなたはやろうと思ったことは何でもできる

f:id:whitemountain:20210116232330j:plain

その道のプロの方に、霊視してもらったことがあった。

 

30代前半の頃だったと思う。

 

大学院に行くか、もっと違うことをするか、

 

いろいろ迷っていた時期だった。

 

そこで霊視をする方が言った言葉が、

 

「あなたはやろうと思ったことは何でもできるから…」

 

確かに、やりたいことはやってきたかもしれない。

 

でも、この先もそんな都合のいいことが続くのだろうか?

 

大学院に行くにしても、何のために行くのか、目的がはっきり見えないのよね…

 

そんなことを考えながら、

 

「やろうと思えば何でもできる」

 

のだとしたら、この限られた時間の中で、本当に自分がしたいことをしたい、

 

そう思った。

 

結局大学院に行くのをやめて、やりたいことが出てくるのを待った。

 

とりあえずは、その頃、目の前の課題としてあった糖尿病の勉強に力を入れて、

 

いろいろな資格を取得して、学会に行ったり、

 

イベントで講師を務めたり、組織を立ちあげたり、活発に活動して、

 

それが今でも役立っている。

 

「やろうと思ったことは何でもできる」

 

そう言われて、何をやろうか真剣になった。

 

時間は限られている。

 

自分が本当にやりたいと思えることは何か??

 

何か一つに特化して、それに集中してやりたいと思った。

 

でも、それはいったいなにか?

 

糖尿病は、ある型にはまっていて、

 

別の視点で見ると、その治療がどこまで意味のあるものなのか、

 

私の中であいまいになった。

 

自分の中であいまいなものに、一点集中で力を注ぐことは、

 

私には無理な相談だった。

 

やりたいことは、自分自身に問いかけ続けることになった。

 

今でも毎日問いかけ続けている。

 

そして、今、私は本当にやりたいことをやっている(と思う)。

 

霊視をしてくれた方が言った、

 

「あなたはやろうと思ったことは何でもできる」

 

という言葉は、今から思うと、

 

私を芯から支えてくれた重要なメッセージだったと思う。

 

この言葉がなければ、今の私はないかもしれない。

 

どうしてそんなことが言えたのか、不思議に思う。

 

ある時、偶然コーヒーショップで、

 

数年ぶりかで、かつての同僚に出会い、

 

今はナースをしながら、ヒーリングサロンをしていると話したら、

 

「あなたって、前からそうだったけど、本当に器用に何でもできるのね!」

 

とのお言葉をいただきました。

 

えっ??

 

そんなに前から、そうでしたっけ?

 

人はそういう風に見ていたということに、初めて気づき驚く。

 

「やろうと思ったことは何でもできる」

 

しかし、この言葉は、実は私にだけ当てはまる言葉ではないということを最近知った。

 

そう、、、

 

誰でも、やろうと思ったことは何でもできるんです!

 

本当ですよ!

 

さあ、一度限りの人生を、あなたはどう過ごしますか?

 

 

 

あなたはどんな未来を創造する? なりたい自分になる始まり アデプトプログラム

white-mountain.info

 

この時代に求められる人

f:id:whitemountain:20210102140913j:plain

 

私は、それは、ヒーラーであり、スピリチュアルリーダーだと思います。

 

そして、今年から本格的に、そうなりたい方々へのサポートに力を入れていきたいと思っています。

 

なぜなら私自身が、もともとそうなりたいと思っていたからであり、

 

私と同じような方々がこれから現れるような気がするからです。

 

小学生の頃、占星術に魅せられ、それから10代ではタロットも。

 

それを使って、人がより良き選択をし、幸せになれるように。

 

そういう人になりたかったのです。

 

しかし、やっていくうちに、

 

自分の築いてきた価値観や世界観によって、

 

人に対して発する言葉が決まるのを目の当たりにして、

 

責任の重さと、薄っぺらい自分にどうしても自信が持てず、

 

オープンに人にリーディングすることはできませんでした。

 

ずいぶん遠回りしました。

 

でも、その間、知らないうちになりたい自分に必要な重要なことを学び、

 

生きることはどういうことか?

 

死とは何か?

 

本当の意味で生きるとはどういう状態か?

 

を私なりに理解することができました。

 

看護師歴30年以上の経験は、人間を体と心から多角的に見てサポートする術を私に多少なりとも与えてくれました。

 

患者さんはもとより、私自身も心身ともに大変でしたけど、とてもありがたい貴重な経験をしました。

 

16年前に、自分自身をマスターする道に入り、今現在もその真っただ中にあります。

 

20年前、私はエネルギーもスピリチュアルなことも全くわかりませんでしたが、

 

ある時、インド人の占星術師に、

 

「自分はスピリチュアルなことを人に伝えていきたいと思うけど、そんな人になれますか?」

 

と聞いてみたことがありました。

 

返事は、あっさり、YES。

 

すごくうれしかった記憶があります。

 

だから、私は思うのですよ。

 

人ってなりたい自分になれる。

 

なりたい自分になれるきっかけは、自分が忘れなければ、必ず訪れる。

 

そして、なりたい自分は、自分がこの地球にやってきた目的に関係するかもしれない。

 

小さい頃、あなたがなりたいものはなんでしたか??

 

 

 

あなたの魂が満足するには、本来の自分に戻ることしかないのではないでしょうか?

 

そして、それが内側の平和を生み、世界を平和に導くのだと思います。

 

 

 

なりたい自分になる始まり 形而上学入門セミナー アデプトプログラム

www.white-mountain.info